若手の皆さんに贈る研究奨励賞受賞者によるこれまでの研究の紹介と将来への展望

2017年度(平成29年度)日本内分泌学会研究奨励賞は 4名の先生方が受賞されました。
これまでのキャリアや若手の先生方へのメッセージをご寄稿下さいましたので ご紹介いたします。
皆様のロールモデルとしてぜひご参考になさってください!

島根大学医学部内科学講座内科学第一 講師

金沢 一平

骨代謝と糖・エネルギー代謝の相互関連性についての研究

まず初めに、第90回日本内分泌学会総会にて歴史ある研究奨励賞を受賞させていただき、内分泌学会会員の皆様、研究をご指導いただきました島根大学医学部内科学講座内科学第一杉本利嗣教授と医局の先生方に厚く御礼申し上げます。

若手の皆さんへのコメントをさせていただく機会をいただきましたので、私の研究歴について振り返ってみたいと思います。まず私が幸運だったのは、研修医の頃の指導医に"貴重な症例を経験した際には、学会発表だけでなく論文にまとめること"とご指導いただいたことだと思います。もちろん、研修医の頃の論文なので質が高いものではありませんが、この時に文献検索と論文に結実するという習慣を身に着け、EBMに貢献するという意識を持てたことが今の研究活動に大きく影響していると思います。若いうちから「論文にする」という意識を持つことが研究者としての才覚に寄与するだけでなく、臨床医としてのレベルもアップしてくれますので、この点は若手の先生方に強く進言したいと思います。

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内科学第一の"1"のポーズで撮った研究グループでの写真。
前列、左から2番目が筆者。

研修医時代ご指導いただいた加藤譲教授から杉本利嗣教授へ代替わりし、2005年から杉本教室第一期生として大学院へ入り研究活動をスタートしました。当時、アディポカインは内分泌学会でも注目が高まっていましたが、骨代謝への影響についてはほとんど報告がありませんでした。当時直接ご指導をいただきました山口徹先生と相談し、アディポネクチンの骨芽細胞分化へ与える影響についてのin vitro研究を開始することになりました。細胞培養に使用するウシ血清中に多量のアディポネクチンが存在するため苦心しましたが、骨芽細胞のアディポネクチン受容体をノックダウンすることにより結果が出始め、最終的にアディポネクチンが骨芽細胞AMP kinaseシグナルを介して分化、石灰化を促進することを報告したのが私の最初の基礎研究論文です。当時は骨におけるAMP kinaseの役割についてまったく報告がなかったのが幸いし、AMP kinaseについての研究をいつくか論文にすることができました。また、基礎研究と同時に臨床研究もすることができたのも幸運であり、自分で臨床データを解析しながら病態を考察し、基礎研究でさらに追及することにより臨床研究の結果を解釈するというスタイルで進めることができました。この大学院時代の研究が今回の研究奨励賞受賞テーマである「骨代謝と糖・エネルギー代謝の相互関連性についての研究」の礎になったと思います。

大学院生でしたが診療と研究を並行して行っていましたので当時は自分でもハードワーカーだったと思っています。21時に一度帰宅し夕食後に子供たちと入浴、23時頃にまた研究室へ戻り深夜2〜3時まで研究に没頭するという生活でしたが、結果をだし、論文になった時の喜びが中毒になり、あっという間に4年が経過したように思います。その後、Current Medical Chemistryという雑誌からアディポネクチンと骨代謝のsystematic reviewの依頼をいただいたのは、一連の研究が少しは世に認められたのかなと嬉しさとともに自信にも繋がりました。また、2007年に骨芽細胞が産生するオステオカルシンに糖代謝を制御するホルモンとしての役割があることが報告され、骨と多臓器との相互連関に注目が集まるようになりました。骨は身体を物理的に支えているだけでなく、内分泌臓器としても全身と関わっていると考えるだけで、ワクワクしますよね?そんな気持ちでさらに研究に没頭することになりました。

その後、2009年から3年間、モントリオールのマギル大学へ留学する機会を得ました。留学中は所属先の研究テーマを行ったため、骨と糖・エネルギー代謝の研究は中断することになりましたが、その時に遺伝子組み換え実験やin vivo研究について学ぶことができ、もちろん英語でのコミュニケーション能力(まだまだ勉強中ですが)が身についたことも研究者としては大きかったと思います。また、留学前はほとんど家事育児に貢献することができなかったのですが、子供5人を連れての海外生活でしたので流石に家庭のことをする時間が多くなりました。子供たちの成長期に一緒にいることができたのはとても良かったです。留学中は他分野の研究者との交流や異文化を学ぶことにより日本の良さを再認識にすることができ、研究以外にもたくさんのことを学ぶことができました。若手の先生方にも是非一度は留学、海外生活を経験して一回り大きくなって日本に帰ってきて欲しいと思います。

3年間、臨床から離れた割には案外苦労はなく診療現場に溶け込むことができ、骨代謝と糖・エネルギー代謝の研究も再開することができました。大学院時代と異なったのは、自分にも後輩ができて研究を指導する立場になったことでした。自分で手を動かす研究とは違い、研究結果がうまく出ないときの残念感は大きく、逆に良い結果が出た時には自分のこと以上に喜ばしく感じました。自分が大学院時代に指導してくれた先生はこうやって支えてくれていたのだなと改めて感謝しました。最近は若い先生たちと共同して骨と糖代謝、骨の内分泌臓器としての役割についての研究を進めています(写真)。しかし、この領域はまだまだ発展途上であり、研究課題が山積しています。今後も若手の先生たちと一緒に研究を進めて、いつか私たちの仕事が世界をリードすることを夢見て前進していきたいと考えています。今後も内分泌領域の先生方にはお世話になることが多いと思いますが、ご指導、ご鞭撻を賜りましたら幸いです。

略歴

2001年島根医科大学卒業。島根県内の基幹病院で研修を行い、2004年より島根大学医学部附属病院勤務。骨代謝と糖代謝の相互関連性の研究を行い、2009年学位取得後から3年間カナダ・モントリオールにあるマギル大学Calcium Research Laboratoryへ留学。2012年帰国後、島根大学医学部内科学第一(内分泌代謝内科)助教に就任、2016年同講師に昇任し現在に至る。

【主要受賞歴】

日本内分泌学会研究奨励賞、臨床内分泌Update優秀演題賞、日本骨代謝学会研究奨励賞、日本骨粗鬆症学会学術奨励賞、日本骨粗鬆症学会研究奨励賞、日本糖尿病合併症学会YIA

東京都健康長寿医療センター研究所 常勤研究員

高山 賢一

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アンドロゲン受容体が制御するタンパク質および非コード RNA を介する新規エピゲノム制御機構の解析

私は大学入学当初より医学研究に興味を持ち、平成16年より東京大学大学院にて、核内受容体の転写制御に関する研究を開始しました。当時はヒトゲノムの解読が終わりゲノム情報を生命科学にどう生かすかという競争の真最中でした。一方で20世紀末にクローニングされた核内受容体がリガンド依存性の転写因子であることに加え各種の共役因子と結合しヒストン修飾などのエピゲノムを制御する(図参照)可能性が示され注目を集めていた頃です。しかし一部のプロモーター上に限局したエビデンスのみでバイアスのない網羅的な機能解析は欠如し、そもそも核内受容体の直接的な下流遺伝子や結合部位もほぼ不明であり作用機序も全く未知でした。そこで最初の一歩はヒト全ゲノム領域でのステロイドホルモン受容体、特にアンドロゲン受容体(AR)の結合部位を同定することで、ゲノムアレイを用いたChIP-chip法を行い、東京大学先端科学技術研究センターからご指導、ご協力を得て世界に先駆けてAR結合部位の同定に成功しました。するとARの結合部位は遺伝子の転写開始点近傍ではなくゲノム中に広く分布し、当時考えられていた領域より広範なゲノム領域が遺伝子発現制御を行っていることを報告しました(Oncogene 2007)。また得られたARの下流シグナルの機能解析を追加、ARと関連が深い前立腺癌の進行に関わる遺伝子群を同定、解析し (Cancer Res 2009, 2014, Mol Endocrinol 2012, 2014) 学位を取得、幸運にも内分泌学会で若手研究奨励賞(YIA)を頂きました。

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大学院時代には同時に理化学研究所の片山慎太郎先生(現:カロリンスカ研究所)らと当時としては珍しかった次世代シークエンサーを用いたアンドロゲン依存的な遺伝子制御の網羅的解析を行い、興味深いことに蛋白をコードしない長鎖非コードRNAやmicroRNAが広範にアンドロゲンにより制御されていることも初めて報告しました(Oncogene 2011)。その頃、膨大な未知の非コードRNAが転写されていることが発見され新しい転写の概念が生まれていたことから、私も非コードRNAの前立腺癌における機能、ARの機能における役割に注目し、以後約10年研究を行いました。そして最も顕著にARで誘導されるCTBP1-ASという長鎖非コードRNAが核に留まり、PSFという核酸に結合するタンパク質と複合体を形成し、広く核内で転写ならびに転写後の遺伝子発現ネットワークを形成していることを発見しました(EMBO J 2013, PNAS 2017, 図参照)。またアンドロゲンで刺激をうけるmicroRNAはTET2と呼ばれるDNAを修飾する特定の種類の酵素を抑制していることも報告しました(Nature Commun 2015)。この酵素は、DNAを5-hydroxylation修飾するためTET2を抑制することによりDNA修飾を介した新たな遺伝子制御機構を見出しました。ここ数年の当該分野の進展で次世代シークエンサーは必須の実験手法となり、核内受容体の転写制御機構には非コードRNAやパイオニアー因子などの役者が増え、globalなゲノム領域からの複合的な作用がクロマチン構造の改変、エピゲノム制御を促すことが明らかとなってきました (図参照)。更に生命科学のデジタル化が進む中で、最先端の内分泌研究ではより高速化したハイスループットかつ独創的な解析が求められ、要求される基準も年々厳格化されているのが現状です。私は今後も核内受容体分野の発展、ホルモン作用の解明に貢献したいと思っております。

振り返ると研究生活とは困難な問題の山積みかと感じます。特に研究ポストの問題は大きく、私も学位取得後常勤ポストへの採用は落選が続き不安定な非常勤の立場で6年間過ごしました。しかしながら思いがけない科学的事実を見出せることが魅力で研究を継続することができ、常に試行錯誤の繰り返しでしたが実験を楽しみ毎日が興奮の連続でした。そしてReviewerとの議論に打ち勝ち論文として自分の足跡を学問の世界に残せることは研究の醍醐味であり、他の仕事で味わえない達成感です。後輩の先生には是非とも困難な壁を乗り越え研究を楽しんで欲しいと願っています。最後にこのたび大きな目標だった内分泌学会研究奨励賞を受賞させて頂き、心から光栄に思います。私はこれまで好きな研究に没頭することができましたが、これも家事、育児から外出時の車の運転まで生活のすべての仕事を妻が負担し支えてくれたお陰かと思っています。また研究の機会を頂きました東京都健康長寿医療センター研究所、東京大学、共同研究者の先生を始め支えて下さいましたすべての方々に深く感謝したいです。

略歴

平成14年 東京大学医学部 卒業
平成16年 東京大学大学院医学系研究科 入学
平成16年9月- 平成19年9月 埼玉医科大学ゲノム医学研究センター 国内留学
平成20年 東京大学大学院医学系研究科 修了 医学博士
      東京大学大学院医学系研究科 抗加齢医学講座 博士研究員
平成26年 東京大学大学院医学系研究科 加齢医学講座 助教
平成28年 東京都健康長寿医療センター研究所 常勤研究員

京都大学薬学研究科 医薬創成情報科学講座 教授

土居 雅夫

体内時計の中枢を調節するG蛋白質共役型受容体シグナル機構
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この度栄誉ある日本内分泌学会研究奨励賞を頂きました。私のこれまでの研究は、日本内分泌学会の多くの先生方のご指導によるものです。この場をお借りして御礼申し上げます。

ふりかえりますと、私は、この学会で、大先生に憧れ、教えられ、先輩同僚に感化されてまいりました。私は理学の出身ですが、日本内分泌学会は、私のような医学を知らぬものさえも温かく包み込み、さらにそれを積極的に育成してくださりました。

私は、生体リズムを基盤とした時間医薬科学の創成を目指して、これまで研究を進めてまいりました。体内時計は、ご存知のように、昨年度、ノーベル賞を受賞した分野で、分子メカニズムについては、かなり詳しいところまでわかってまいりました。またさらに、それが壊れると、高血圧や、不眠症、さまざまな代謝疾患が生じることから、その重要性がたいへんクローズアップされております。

このような中、私たちはいま、実験動物において見出した病態的帰結をヒトにトランスレーションする研究、そしてそれを実際、緩和するために、体内時計の中枢を狙った創薬研究を展開しております。今回の受賞内容では、体内時計の中枢を調節するGPCRシグナルについての基礎研究が評価されました(Doi et al., Nature Commun 2, 327, 2011; Doi et al., Nature Commun 7, 10583, 2016)。

日本内分泌学会には、YEC中堅若手の会という、若手を中心とした学会公認の会があります。とても幸運なことに私はその初代世話役の1人です。平成22年に始まったこの会では幹事の橋本貢士先生(現東京医科歯科大学准教授)を筆頭に、大塚文男先生(現岡山大学医歯薬学総合研究科教授)、井上啓先生(現金沢大学新学術創成研究機構教授)、田中知明先生(現千葉大学医学部教授)、竹田秀先生(現せいせき内科院長)、栗原勲先生(現慶應義塾大学医学部講師)、田中智洋先生(現名古屋市立大学医学研究科准教授)の世話人が一丸となって、若手の底上げと"噴き上げ"を目指した討論を活発に行いました。私は、この時、この諸先輩方から、日本内分泌学会の情熱と、懐の深さ、そして、科学に対する芯の強さを学びました。

Life is n=1. とはノーベル賞受賞学者のMichael Rosbash博士の言葉です。
"There are of course no control experiments in life; everything is an N of 1 ..."

そもそも生命科学の転換期において「若手研究者のロールモデル」というのは真の意味では無いのかもしれません。Rosbash博士の言葉を肝に銘じ、今後も精一杯努力したいと考えております。

略歴

平成10年 東京大学理学部生物化学科卒業
平成12年 東京大学大学院理学研究科修士課程修了
平成14年 仏国国立科学センター(東京大学大学院研究指導委託により留学)
平成14年 日本学術振興会 特別研究員DC2
平成15年 東京大学大学院理学研究科博士課程修了、博士(理学)
平成15年 日本学術振興会 特別研究員PD
平成16年 日本学術振興会 海外特別研究員(仏国国立科学センター)
平成18年 神戸大学大学院医学系研究科 助手
平成19年 京都大学大学院薬学研究科 講師
平成21-24年 日本学術振興会 日独先端科学シンポジウム事業委員会 企画幹事
平成22-26年 日本内分泌学会 若手・中堅の会 世話人
平成23年 京都大学大学院薬学研究科 准教授
平成28年 日本学術振興会 日米独先端科学シンポジウム事業委員会 企画幹事
平成30年 現職

東京大学医学部附属病院 女性診療科・産科 講師

廣田 泰

卵巣ホルモンによる子宮内膜への作用と着床

着床の仕組みの解明を夢見て

この度栄誉ある日本内分泌学会研究奨励賞を頂き、さらに研究紹介執筆の機会を頂きました。この受賞は東京大学医学部産婦人科学教室の多くの先生方のご指導やご協力の賜物と考えております。この場をお借りして御礼申し上げます。

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ラボメンバーと(前列中央が筆者)

私は東大産婦人科に入局・研修後、大学院に進学いたしました。産婦人科の研究分野の中で、妊娠という生理現象の研究に関わりたいという希望を武谷雄二教授にお話したところ、生殖医学分野の大須賀穣先生(現・教授)の研究室に配属となりました。大須賀先生の研究室では、子宮内膜および卵巣の生理的機構および子宮内膜症の病態の研究が精力的に行われており、私は特に細胞分化・増殖因子についてのテーマを頂き研究を行いました。具体的には、トロンビン、トリプターゼなどのセリンプロテアーゼをリガンドとするプロテアーゼ受容体(protease-activated receptor)の卵巣・子宮内膜における生理的意義、子宮内膜症における病態への関与を明らかにする研究を行いました。この研究は、患者さんから頂いた臨床検体を主に用いた研究であり、大須賀先生からは産婦人科臨床に即した研究のあり方・ものの考え方をトレーニングして頂いたことが大学院時代の最大の収穫だったと思います。特に子宮内膜症については、ラボでの研究以外にも検体採取等の際の手術見学や子宮内膜症専門外来の診療を並行して行いながら研究に当たれたことで、子宮内膜症の病態などの理解が深まり、研究の方向性を考えていく上で意味があったように思います。

大学院の卒業前後から、胎盤を構成する栄養膜細胞と子宮内膜の相互作用を細胞培養系でみる実験に興味を持って研究を進めていたということもあり、胚と子宮内膜がはじめて出会う妊娠の現象である「着床」の研究にどっぷり浸かってみたいという気持ちで留学先を選びました。幸いにもマウスモデルを用いた着床研究で世界的に高名なSudhansu K. Dey先生(当時ヴァンダービルト大学)の研究室に受け入れて頂きました。着床研究に関する一流のアプローチをものにしようと意気込んで留学したものの、実際のところDeyラボで行われていた主要な着床研究には関われず、子宮体癌や早産で表現型を示す遺伝子改変マウスの解析であったり、大学院時代の仕事で経験のあった子宮内膜症の病態モデルを当時ラボにいたマウスを用いて作成したところ表現型がでたのでそれを解析したり、という着床以外の病態モデルの研究に終始していたように思います。留学中の仕事は本来希望の研究ではありませんでしたが、最終的になんとかこれらすべての研究を形としてまとめられたとき、生殖医学・周産期医学・婦人科腫瘍学のすべての分野の知識を網羅している産婦人科医でよかったなとはじめて実感できたように思います。留学して1年経ったときに、ラボがシンシナティ小児病院に移ることになり一緒に引っ越しました。マウス移動の関係で半年間ぐらいマウスの表現型解析がストップしてしまったときはさすがに苦しかったですが、その間やれることをやると割り切って仕事をしていました。留学中に得たものとして最も意義のあったのは、Dey先生に基礎研究への向き合い方を教えて頂いたこと、実験計画の立て方から免疫染色スライドの写真の撮り方まで細やかで熱い指導を受けることができたこと、会話の中から多くのことを学べたことだと思います。留学後も私はDey先生の研究室を定期的に訪問し、私たちの研究データについてディスカッションしてもらったり共同研究をおこなったりなど、引き続き多くの学術的なサポートを頂いています。

その後東京大学医学部産婦人科学教室に戻り、遺伝子改変マウスモデルを用いた妊娠の仕組みの研究、特に着床についての基礎研究を新たに立ち上げました。帰国当初は留学中の研究に関連して早産の研究を中心に行っていましたが、最近は着床研究が中心となっています。ついに念願だった研究を行えるようになったというわけです。最近の私たちの知見で、着床の3つの段階である胚対位・胚接着・胚浸潤の各段階を担うMSX・LIF・COX2・HIFなどの分子を介した機序が明らかになっています。また臨床へのトランスレーションとして、子宮頸部細胞を用いた着床能の診断と、脱細胞担体の移植法という組織工学的手法を用いた子宮内膜を含む組織再生による治療、という2つの目標を掲げて、基礎となるアプローチ法が生体内で実現可能かどうかを、マウスモデルを用いて検討しています。その結果、子宮頸部細胞において着床特異的な変化をきたす遺伝子が同定され着床能のバイオマーカーとしての可能性があること、子宮組織から細胞を取り除き細胞外基質のみにした脱細胞担体をマウス子宮に移植するとその脱細胞担体内で子宮が再生し妊娠成立・維持の機能を有するものになること、が明らかになっています。

人類の長い歴史の中で、妊娠という生理的現象の仕組みについての理解は未だ十分になされていません。着床は受精卵と子宮との間に物理的な結合が成立した状態であり、妊娠の起点といえます。着床には卵と子宮内膜の時間・空間的に精妙な協調作用が必要とされていますが、未だその機序は明らかでありません。着床の研究は生命科学の見地から興味深いだけではなく、臨床生殖医学の見地からもその成果は不妊治療への応用や避妊法の開発という点で現代社会からの要求が高まっている分野といえます。私たちは着床の基礎研究と並行して、『着床外来』という体外受精・胚移植の反復不成功の患者さんの子宮環境を臨床的に評価する外来を開設しています。着床外来の検査で慢性子宮内膜炎などの診断によりその後の胚移植で良好な成績が得られることが判明してきている一方で、現在の診療では同定できない着床障害の患者さんが多くいることも明らかになっています。今後は、着床障害の新規診断・治療法開発に発展させるべくさらに研究を進めていきたいと考えています。産婦人科医不足が叫ばれて久しい昨今ですが、東京大学医学部産婦人科学教室のご援助により幸いにも私と一緒に研究を行ってくれる同僚を得ており、着床の仕組みやその異常である着床障害の解明に繋がる研究成果を得られる日を夢見て皆で研究に取り組んでいます。

略歴

1998年 東京大学医学部医学科卒、東京大学医学部産婦人科学教室に入局・研修。
2005年 東京大学大学院医学系研究科卒、医学博士取得。武蔵野赤十字病院医員、
      東大学医学部産婦人科助手。
2006年 日本学術振興会特別研究員。2007年 ヴァンダービルト大学研究員。
2008年 日本学術振興会海外特別研究員、シンシナティ小児病院研究員。
2010年 焼津市立総合病院産婦人科医長。
2011年 科学技術振興機構さきがけ研究員。
2014年 東京大学医学部附属病院 女性診療科・産科 助教、同講師。
      女性診療科・産科/女性外科 外来医長。

資格等

日本産科婦人科学会専門医、日本生殖医学会幹事・生殖医療専門医、日本産科婦人科内視鏡学会腹腔鏡技術認定医、日本内分泌学会内分泌代謝科専門医・指導医、シンシナティ小児病院客員講師。